奈落のぼれろ

終活はじめました

女⇔男のスイッチが難しかった

久しぶりに買い物に連れて行かれた。40歳手前のおっさんが親と買い物はどうなんだ。そして夕食の献立を考えさせられて、私が作らされるんだよなー。つか、人だらけのところに行くの何だか苦手なんだよね。疲れました。

GIDとしての治療を諦めて、男性として生きる決意をした頃は、よく両親と買い物に行っていた。性別の「矯正」が必要だったので、外出時に母がいてくれると色々と助かった。仕草とか色々と指摘して貰えたからね。そうやって、当時は意識改革を頑張っていたものです。

それでも、女性から男性へのスイッチングには、時間がかなり掛かった。口では男だと言っても、心の中では、男性になりたくない気持ちが強かった。必死に男性の人格を作り上げて「もう1人の自分」をぎこちなく演じていたけど、やること成すこと、全く男らしくなかった。

完全に男性の姿をしていたら、早くに諦めがついたのかもしれないけど、中途半端にどっちつかずの姿をしていたので、余計に諦めがつかなかった。女性に見間違えられたりすることもあったので、その度に、まだ大丈夫だ、まだ男性になってないぞって安心してしまったりしていた。

結局、そのままグダグダで来てしまった。相変わらず美容に一生懸命で、男性化に必死に抗うおじさんになってしまった(苦笑)。なんだかなー。老いて来ると、やはり絶望感に襲われてしまう。見た目は、まだ同世代の男性にも女性にも負ける気がしないけど。そういう意味ではなくて、孤独の寂しさに押し潰されそうな時がある。

男性でも女性でも、最近は結婚したくない、1人が気楽でいいという人が増えたと思う。私も、そういう風に考え方を変えられたらいいなと思う。でも、これまた意識改革をしなければならないので難しい。

私は、小さな頃から「結婚」や「お嫁さん」というものに、物凄く憧れを持っていた。初めて好きになった人は男性だしね。男として女性と恋愛してきたけど、色々と難しかったんです、色々と。元々、人に強く依存する甘ちゃんタイプだから、男として恋愛することに無理があった気がする。

何だか愚痴だらけになってしまった。でも、この問題で落ち込むことが増えた。ここまでの人生、理想と現実のせめぎ合い。幸と不幸のヤジロベエ。GIDにとっては、40歳前後が一番危険な時期というのを、どっかで見たな。分かる気がする。老いの恐怖と、孤独の恐怖と。何だか色々と面倒くさい。いつか消えるし、いつか死ぬ。生きてるうちは生きるしかない。