奈落のぼれろ

なんのテーマも無くダラダラ書いてます。ブログ主は日本語がやや不自由です;

家庭内暴力と支配による負の連鎖

母と会話して気分が救われました、と書いた日。母が自分の過去をしれっと詳しく話してくれたんですが、割と重い内容でございました。まず最初に書いておきますが、私は母の両親(祖父母)が昔から大嫌いでございます。祖父母とも、もう既に他界してこの世におりませんが、お墓参りは一度も行っておりません。葬儀にも出席してません(ワンコちゃんと楽しく留守番してた笑)。

母は三人兄妹の末っ子で、母親(私の祖母。以下、祖母)から溺愛されたそうです。溺愛と言っても、ちょっと意味が違うけど。上の二人は、祖母に日常的に暴力を振るわれていたそうです。ホースで殴る、髪を掴んで引っ張りまわす、壁に叩きつける、風呂の水に顔を押し込むなど。私の母は、いつもそれを怯えながら見ていたそうですが、母だけは何もされなかったそうです。ただし、祖母の意見に同意しなかったり、逆らった場合、酷い言葉の暴力を浴びせられたらしいです。暴力は、子供たちが自立するまで続いたそうです。母の姉(私の伯母さん)は、この影響で耳にダメージを負い、難聴で耳が殆ど聞こえません。

父親(私の祖父)は何をしていたのかと言うと、夜勤の肉体労働者だったので、隣の部屋で暴力行為が行われていても気付かずに寝ていたそうです。祖父は子供を可愛がっていたのですが、子育て、教育などには一切口を挟まなかったようです。妻が子に暴力を振るっているのを目にした時は注意して、一時的に暴力は収まったらしいです、一時的に。

祖母は、私の母を常に身近に置いて連れまわした。どこに行くにも強制的に連れて行って、どんなプライベートな問題にも口を挟んできたそうです。母が高校を卒業して就職をしても、それでも遊びに行くことは許されず、休日は祖母に連れられて出かけるのが決まりだったようです。長年の恐怖支配のようなもので、祖母には従わなければならないと思い込んでいたみたいです。

母と祖母の間には、次第に歪な共依存関係のようなものが出来ていたみたいで、祖母と離れると寂しいと感じるようになっていたらしいんです。その内、上の二人は結婚して家を出ていき、祖母の下には母だけが残りました。母も私の父と職場結婚して、タイミングよく父が転勤となって祖母と離れることが出来たのですが、離れる時、母は猛烈に寂しさを感じたそうです。それ位、支配による依存関係が出来上がっていたのでしょう。

離れて生活している内に祖母の支配が完全に解けて、何故あんな人の言いなりになっていたのだろうと思うようになっていったそうです。ただ、祖母の暴力による影響が兄妹間に大きな亀裂を生みました。伯父さん伯母さんとも、自分の子供に似たような虐待を行っていましたし、私の母だけ何もされずに逃げたと責めたり、一応付き合いはあるものの、うちの親戚関係はめちゃくちゃです。

何年か前、祖母が亡くなって母が知らせを聞いた時、全然悲しくなさそうな顔をしていたのが印象的でした。こんなにも何も感情が湧かないと思わなかった、死んでくれてホッとした。そんなことを言っていたので理由を聞いたら「あまり仲が良くなかった」としか言ってくれなかったのですが、今回、話を聞いて成る程と思いましたね。

子供への支配や暴力って、その子供もまた自分の子に繰り返すって言われるけど、本当にそうですよ。伯母さんの息子(私と年齢が近いです)は、結婚なんかしたくないし家庭も子供も絶対にいらないと言ってました。伯父さんの息子(私と同い年)は、相当荒れてしまって親に暴力を振るうことがあると聞きました。今は知らん。そして私は大人しい代わりにこの有様。呪われた一族なのかな~(汗)