奈落のぼれろ

終活はじめました

ひとりじゃないということ

ポール・リクールの「人の苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」という言葉が、何となく心に浮かんでました。別に深い意味はないけど。今回のことで、私は人に支えられているのだと改めて思いました。放っておいてもらえないというのは、実はとても幸せなことなんです。人間って、人と繋がることで満たされるというか、生活に活気が出てくるものなんでしょうね。ネットの繋がりであっても、一人じゃないんだ、と感じられることが何だか嬉しかったです。

昔、私は確かに友達が沢山いました。でも、それは薄く広く、そういった薄っぺらい繋がりでしかなかったです。当時から、精神的に塞ぎこむことが時々ありました。でも、あまり気にかけてくれる感じではなかったです。友達にとって私は、沢山いる知り合いのひとりにしか過ぎなかったのでしょう。それでも私は捨てられるのが怖くて、そこからまた必死に連絡を取り出す訳です。

そう思うと、今のメル友さんとの関係のほうが、実はしっかりとした関係性を感じます。今回、私が凹んで無反応状態でも、何度もメールを送ってくれて、申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に、とても嬉しくて仕方がなかったのです。捨てられることに怯えているような私にとって、放っておいてもらえないのは鬱陶しいどころか、本当はとても嬉しいことなんです。リアルの友達ではないけど、細い糸でただ単に薄く繋がっているだけのリアルの友達より、しっかりとした繋がりを感じるメル友さんのほうが、私は大切に感じます。

だから、昔の私を知る、かつての友達には二度と会いたくないのです。ネット上であっても二度と関係を持ちたくありません。お情けで友達の輪に入れてもらうような薄っぺらい人間関係なんか、金輪際ゴメンです。私も、いつも虚勢を張って、嘘偽りで塗り固められた別人格で接していたので、単に疲れただけでしたからね。今のメル友さんのほうが、素直に気持ちを吐き出せます。

って、昨晩ここまで書いて、ここでゴキブリが出てきて大パニックですよ(^_^; 私の部屋って和室で長押があるんです。ゴッキー(後藤次利じゃないっ)の殆どは、キンチョールをかけると長押の中に入ってもがき苦しみます。そうするとお手上げです。ガサガサって、ずーっともがいている音が絶命するまで続くので、もう鳥肌が立って。書くのを止めて、PC消して別の部屋で早々と寝ました(苦笑)


それで、ここから朝に書いているのですけど、友達関係で私は自分を出せずに別人格で接してきたのです。FC2ブログの時に、私はアダルトチルドレンだろうか、って記事を書いたのですが、自分を大切に出来ない、人との関係がまともに築けないなど、アダルトチルドレンの条件に尽く当てはまるので、当時、本気でそれを疑っていました。でも、うちの家は機能不全ではないし、不思議で仕方なかったのです。

でも、思い当たる節はあるのです。私には姉がいるのですが、姉は全てにおいて優秀な人で、落ちこぼれの私は、家に限らず、あらゆる場面で常に姉と比較されてきました。小学生の頃から凄い劣等感を抱いて育ってきたのは確かですし、私も結構ややこしくて変な過去を持っているのは確かですよ。今更どうでもいいけど。今は、メル友さんのお陰で、自分を偽ることなく接する事が出来るようになったと思います。少しずつ変わることが出来たかなぁ、何だかそんな気がしています。